「違い」と「差」について

こんにちは。朝に日を浴びると超絶やる気になる“ともまる”です。 

今日は劣等感や優越感の原因ともなる「違い」や「差」についてお伝えしたいと思います。 

人間って差を比べたがる生き物ですよね。 

おそらくみなさんもご経験あると思いますが、私もどっぷりあります。(どっぷりの使い方ww) 

「違い」を「差」として認識していた 

以前、仕事で切磋琢磨していた時期がありました。もちろん今も頑張っていますけど。今以上に生き急いでいた?結果が欲しくてほしくてたまらない時期みたいなのがありました。 

そんなとき、同じ会社内には同期や先輩・後輩がいて切磋琢磨してました。 

なにせ性格が負けず嫌いなもんですから、当時は“プライドつんつん丸“でもあったので後輩には絶対負けない!!みたいな意地もありましたし、同期にも敵意むき出しだったと思います。 

そんなときに感じるんですよね・・・。人との「違い」を。 

よくよく考えたら、人との違いって「個性」じゃないですか。そんな個性を私は勝手に「差」だと認識して、劣等感や優越感に変換していました。 

これは単純にもったいない・・・。 

当時はそんなこと思いもしませんでしたし、考えもしませんでした。 

ですが、今だからこそ思うのは「個性」は人間を人らしくさせるために大事な要素の一つですよね。 

それを勝手に「差」だと一色単にして考えてしまってました。情けない・・・。 

「差」の中でも区別は必要 

もちろん、ちゃんとした「差」も存在するんです。 

それは数字で表れる営業成績だったり売上だったり・・・。 

技術のうまいだったり。 

ただ、技術の「うまい」って「差」でとらえられそうですが、実はあいまいで抽象的。 

うまいの中にも出来がうまいや、道具の操作がうまいなど切り取るべき要素は多分にある。 

なので、簡単に「差」してしまってはいけない。そんな風に思うんです。 

「差」のやっかいな点 

差がなぜいけないのか。 

いい点もありますよ。私みたいな負けず嫌いでその「差」がはっきりとわかったときに燃える燃料になります。 

負けたくない!強くなりたい!うまくなりたい!などなど。 

そんな前向きに働くときはほっといても問題ないんですが、ずっとそんな風に燃料に変えれることはありません。変えれる人もいたと思いますが、私はずっとは無理でした。 

なので、その「差」が燃料ではなく、重りになりプレッシャーになり勝手に押しつぶされて嫌になってしまいます。自分が嫌いです。(そのときはね) 

なので、委縮してしまって周りとも距離をとるようになってどうしようもなかったと思います。 

「違い」っていう個性を、悪いように考えて考えて考えて・・・。 

違うから「差」になり、結果も比例的に悪くなり・・・。悪循環そのもの。 

なのでマイナスに捉えてしまうとほんとうに厄介なのです。 

前提として前向きにとらえにくいというのもあります。

 

まとめ 

「違い」は、いつの間にか「差」に感じて、劣等感に変わっていくという話をさせて頂きました。 

本来「違い」とは「個性」であり、良いことなんです。 

個性がSNSで個人で自由に簡単に発信できる時代になったからこそ、「違い」を強みに変え武器にできれば良いですよね。 

ネガティブワードでも全然いいと思います。 

私もいじめられた経験もありますし、いろんなことに失敗して情けなく思った経験もあります。 

そんなことは「差」ではなく「違い」というなの「個性」です。 

誰かにどこかできっと刺さる瞬間があると思います。 

「違い」を前向きにとらえて今日も元気に楽しんで生きたいと思います。 

最後までお読みいただきありがとうございました。

ともまる