こんにちは。最近ノリでアコースティックギターを買ったのに全然弾いていない”ともまる”です。
今日は、コミュニケーションの一つの「聞く」と言うことに分類されることについて話したいと思います。
話を聞いているときにある程度話の流れとか、質問だった場合はある程度わかった後は回答のために話を聞くのをある程度にして、考え出すことってないでしょうか。
私の悪いくせ

私の悪い癖として、あるんですよね。
話の長い人だったら、よくそういう現象に陥ってるかもしれません。
だめですよね。ちゃんと話は最後まで聞かないと・・・。
それはわかっているんです。
ただ、話を聞いていると、文脈である程度の「オチ」がわかる時ってないですか?
「あーこの人は、きっとこう言うことを聞きたいのだな。」って。
そう思うと、話の途中でも聞くことをシャットダウンして、次の回答を何話そうか?と考えてしまうんです。
そうなるとまず目線が変わります。
ちゃんと人の目を見て聞くと言うことからずれてくるんです。
そうなると、残念ながらわかる人にはわかる。
バレるってことですよね。
これって、無意識にやっていることが多くて、とてもリスクなんです。
話す人にとっては、ただ話を聞いて欲しいだけだったかもしれない。
なので、相手の本当の話したい聞いて欲しいと言うことに対して答えれないことになるんです。
と、偉そうに言ってますが、それをしている当の本人とは私「ともまる」です。
私の言い訳

言い訳させてください。
話の長い人って苦手なんですよね。すみません。
それでいて、この人何が言いたいんだろうって思ってしまう。
そして、ある程度話を聞いていると、言いたいことを勝手に自動予測変換してしまうんです。
最後まで聞かないと不正解になるかもしれないのに。
クイズ番組でもありますよね。映像を見て答えろ的なやつです。
「この映像を見て何をつくっているでしょう?」って問題。
最後の最後で大どんでん返し的なスーパー大事な要素がある。
最後まで見ればわかるのに、ある程度で予測して答えてしまいがちなアレです。
せっかちなのか、そんな感じでいつもある程度で答えてしまうんです。(気をつけます)
なぜダメなのか

全てを否定はできないですが、やっぱり最後まで話を聞かないと話が変わる可能性があります。
あと、ただ聞いてほしいと言うこともおおいになるので、はやとちりで全く逆効果になる。
まあ、時と場合によりますが、親しい仲であったり重要なことほどしっかり最後まで聞くようにしています。
スピード感が大事な場面では逆に予測変換は最高のツールになり得るのですが、間違うとその分のリカバリーもしないといけないので、あまり多用することはリスクでしかありません。
あまりそのツールに期待しすぎないようにします。
話はシンプルで、相手の話はしっかり最後まで聞き、何が言いたいのかを理解するようにします。
自分への自戒を込めて。
こんな記事最後までお読みいただきありがとうございます。
ともまる